蒼と黒の神話 −川崎蹴球浪漫譚−

アクセスカウンタ

zoom RSS ミノさんの話【J特】

<<   作成日時 : 2011/10/05 02:04   >>

ナイス ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 4

 みのもんたの話じゃなくて、書く書く言ってた箕輪義信引退の話。

 札幌との契約が切れて、でも現役復帰には道遠しと言った状況を見て頑張ってほしいと思う反面、厳しい道のりだろうとは感じていました。

 今から6年前は代表に選出されたし、4〜5年前の06年〜07年まではキャリア全盛とも言える時期でしたが、グロインペインで長期離脱したのが終わりの始まりでしたね。

 とは言え久々にベンチ入りした08年のナビスコ予選最終節のジェフ戦では苦しい戦いの中、皆に声をかけていたシーンが印象的でした。

 レンタル移籍発表はそれからほどなくでしたね。

 もっとも印象深いのは04年9月の笠松。

 そう昇格を決めたあの日に「川崎市民で良かった」と叫んだあの姿。あれより感動的なシーンはちょっと記憶に無いですね。

 
画像


 このゲーフラを掲げていたのも昔の話。でも彼は川崎の歴史に名前を刻んだ、それは紛れも無い事実だし、本当の意味で「川崎の誇り」と言える選手だったと思います。
にほんブログ村 サッカーブログ 川崎フロンターレへ →最後までご覧いただけましたらランキング投票の応援クリックをお願いします。あなたのクリックが私の勇気です。
画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 8
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
どもです、プロの選手ならいつかは通る道だとわかっていても…フロサポとしてこんな寂しいことはありませんね。全盛期のミノは紛れもなく、フロンターレ最強のセンターバックだったと思います。だからこそ、故障さえ無ければ…と思ってしまいます。だから何だ、という話ではありますけどね(汗)。

当時のフロンターレはミノ、周平さん、ヒロキ、(それに加えて佐原も)といった面々がディフェンスラインにいたからこそ、あの攻撃力が生きていたんだなぁ、としみじみ感じています。その「川崎山脈」の面々で、未だ現役なのはヒロキのみとなったわけですが、本当にもうひと踏ん張りしてもらいたいものですし、健在なうちにタイトルを獲らせてやりたいですね(ミノもその思いをブログで綴ってたわけですし…)。ただ、今のフロンターレのディフェンス陣の体たらくを見ていると、ミノのファイティングスピリットを見習ってほしいとつくづく思いますねぇ。

「川崎市民でよかったよ」と叫んだシーン、本当に涙が出ました。あれだけフロンターレ愛に満ちた選手はいないでしょうねぇ。

ともあれミノには月並みですが、「お疲れ様」と言いたいですね。そしてゆくゆくは何かしらの形でフロンターレと関わってくれればいいな、と思います。
並河悠斗
2011/10/05 16:08
同い年、しかも中学の学区が近かった。
わたしの中では、彼こそがミスターフロンターレだと思ってたのですが。。。
クラブを離れた経緯が不可解すぎて、あれからわたしの中で、まわりが絶賛するほどのフロントなのか?という疑念が生まれました。
あの無骨な姿勢が、今の温いDF陣には必要だと確信してます。
KK
2011/10/05 17:54
懐かしいゲーフラだね〜(*´∀`*)
よっこ。
2011/10/05 23:31
>並河悠斗さん
 川崎山脈はあのまま日本代表の最終ラインでも通用したんじゃないですかね。

>KKさん
 あれくらいの武骨さとガッツは無いですね。是非とも特別コーチとして気合を入れていただきたいですね。

>よっこ。さん
 久しぶりに画像出したよ(笑)。
TAK
2011/10/06 22:12

コメントする help

ニックネーム
本 文
ミノさんの話【J特】 蒼と黒の神話 −川崎蹴球浪漫譚−/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる